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岡山地方裁判所 昭和58年(行ウ)9号 判決

原告

和田好朗

右訴訟代理人

松岡一章

河村英紀

被告

岡山市長

松本一

右訴訟代理人

服部忠文

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一まず、原告の無効確認請求にかかる訴えの適否について判断するに、右請求は、要するに、編入前の一宮町が行つた国土調査法に基づく地籍簿及び地籍図の作成表示行為が行政処分であることを前提に、その一部について無効原因を主張して、当該処分の無効確認を求める、というものである。

ところで、抗告訴訟の対象である行政処分とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するのではなく、公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうちで、その行為により直接国民の法律上の地位ないし権利関係に影響を及ぼす性質のものに限られるというべきである。

そこで、地籍簿及び地籍図の作成表示行為が行政処分に該当するか否かについて検討するに、国土調査法に基づく国土調査は、国土の開発及び保全並びにその利用の高度化に資するとともに、あわせて地籍の明確化を図るため、国土の実態を科学的かつ総合的に調査するものであり(同法一条)、そのうち地籍調査は、毎筆の土地について、その所有者、地番及び地目の調査並びに境界及び地積に関する測量を行い、その結果を地図及び簿冊に作成するものである(同法二条五項)から、それ自体は、土地の現況を調査しその結果を記録するという単純な事実行為にとどまり、調査の成果である地籍簿及び地籍図も行政庁の内部資料でしかなく、それらの作成表示行為により国民の権利利益が侵害される余地は全く存しないものといわざるを得ない。

したがつて、原告が主張する車庫証明の発行を受ける資格の審査、固定資産税及び都市計画税の賦課の点における不利益は、行政庁が国土調査の成果(ないしはそれにより是正された土地の表示の登記)を右の各行政事務処理上の一資料として用いることによる事実上の効果に過ぎず、右の審査又は賦課処分に当たつて、地籍簿又は地籍図の作成表示(ないしは土地の表示の登記)に法的拘束力があるとする根拠とはならない。また、原告が主張する境界確定の訴え及び取得時効の成否における不利益も当事者が国土調査の成果を訴訟上の一証拠資料として用いることによる事実上の問題に過ぎないし、さらに一般人が地籍簿又は地籍図の閲覧をしてこれを取引の資料として活用することも単なる事実上の不利益であつて、他に地籍簿又は地籍図の作成表示に対し土地の所有者の権利利益を侵害するような法的効力を付与した法令の規定を見いだすことはできない。

以上のとおり、地籍簿及び地籍図の作成表示行為を行政処分と解すべき根拠はなく、したがつて右の行為は抗告訴訟の対象とはなり得ないから、原告の無効確認請求にかかる訴えは不適法というべきである。

二次に、原告の不作為の違法確認請求にかかる訴えの適否について判断するに、この訴えは、法令に基づき国民に申請権が認められ、かつその者がその権利を行使した場合にのみ許されるものであることは法文上明らかである。

この点について、原告は、国土調査法一七条及び地方税法三八一条を類推し、国土調査法一七条所定の閲覧期間経過後はもとより、県知事の認証後においても、関係者に地籍簿及び地籍図につき修正の申請権があり、それらの作成者は申請に基づいて修正すべき義務を負つている、と主張する。

しかしながら、国土調査法一七条は、誤りの申し出ができる者を全く限定していないし、その申出に対する応答義務を予定した規定もない(同法一七条、一八条参照)ことなどからすると、同条は、国土調査の最終段階として、地籍簿及び地籍図を一般の閲覧に供し、一般人に調査上の誤りや誤差の指摘をさせて、その内容の正確性を最終的に確認する手続を定めたものであると解すべきであつて、関係者に地籍簿及び地籍図の修正申請の権利を付与した規定であると解することはできない。したがつて、認証期前の閲覧期間においてさえも関係者に修正の申請権を認めることができないのであるから、まして同条を根拠に認証後の国土調査の成果について、関係者に修正の申請権があると認めることは到底できない。

また、地方税法三八一条七項を国土調査に類推適用すべきものとする理由はないし、同条項の規定も登記官の職権発動を促す一つの措置であつて、市町村長に不動産の表示の登記の申請権を認めたものとは解し難い。そして、他に国土調査の成果について土地所有者等に修正の申請権を認めた明文の規定はなく、国土調査の性格が前述のとおりである以上、法令の解釈上当然に申請権が存するものとすることもできないので、結局、原告は被告に対し地籍簿及び地籍図の修正を求める申請権自体を有していないものというべきである。

以上のとおり、原告の主張する修正の申請は法令に基づくものではなく、したがつてこれに対する行政庁の不作為は抗告訴訟の対象とはなり得ないから、原告の不作為の違法確認請求にかかる訴えも不適法というべきである。

三以上の次第であつて、本件訴えはいずれも訴訟要件を欠き不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石嘉孝 安藤宗之 大島隆明)

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